人的資本の情報開示|義務化の背景や19項目について解説!
近年では企業の価値を向上していくために、人的資本経営をおこなう企業が年々増えてきました。
企業の増加に伴い、人的資本に関する情報開示も注目されています。
本記事では、人的資本の情報開示が求められる背景や日本における動向、また2023年から義務化される情報開示について解説します。
目次[非表示]
人的資本とは
人的資本とは、モノ・カネと同じように、ヒトが持っている能力を資本とすることです。モノやカネは有形資産とされており、人が持つ能力・資質・技能資格・才能などは無形資産として扱われています。
人的資本は無形資産のひとつであり、近年では企業の価値を構成する要素として注目されています。人的資本(無形資産)と物的資本(有形資産)の例は以下のとおりです。
- 人的資本(無形資産)……従業員がもつ知識・資質・スキル・ノウハウなど
- 物的資本(有形資産)……企業が所有する建物・土地・設備・インフラ・製品など
人的資本経営の基本については、以下のお役立ち資料で詳しく解説していますのでぜひご覧ください。
人的資本の情報開示とは
人的資本の情報開示とは、労働者に対してどのような取り組みを実施しているのかといった情報を、財務情報と同様に社内外に向けて公表することです。
欧米を中心に世界中で人的資本の情報開示が推進され、日本でも取り組みが進められています。
「人的資本」と「人的資源」の違い
人的資本とよく混同されがちなのが、「人的資源」という言葉です。
「人的資本」はヒトを資本とし、投資をする考え方です。
対して「人的資源」はヒトを「資源」として扱います。資源として消費するため、発生する費用は投資ではなく「コスト」として捉えられます。
近年では、企業の成長にも寄与することから、人的資源から人的資本に考え方の舵を切る企業が増えてきています。
次の章では、なぜ企業に対して人的資本の情報開示が注目され、求められるようになったのかについて解説します。
人的資本の情報開示が求められる背景
人的資本の情報開示が求められる背景には以下の内容が挙げられます。
- 海外(欧州・アメリカ)での人的資本情報開示の推進
- ISO30414の公開
- ESG投資への流れ
- 有形資産から無形資産への移行
欧米の人的資本の取り組み
欧州では環境問題やサスティナビリティへの関心が高く、人的資本の情報開示に取り組んでいます。
また、アメリカでも同様の動きがあり、2020年8月に米国証券取引委員会の人的資本の情報開示が義務化する規制が追加され、同年の11月から上場企業を対象に義務付けられています。
ISO30414の11項目の公開
海外の企業が人的資本の情報開示を推進しはじめた理由の1つに「ISO30414」の公開があります。ISO30414とは、2018年に国際標準化機構により出版された人的資本情報開示のガイドラインで、開示に対する具体的な取り組み方を明記した指標です。
ISO30414の11項目は以下のとおりです。
項目 |
概要 |
コンプライアンスと倫理 |
コンプライアンス研修実施、懲戒処分数 |
コスト |
人材を採用する際のコスト |
ダイバーシティ |
従業員の年齢や性別、国籍の割合 |
リーダーシップ |
管理職への信頼度 |
組織文化 |
従業員エンゲージメントや定着率 |
組織の健康・安全・幸福度 |
安全・健康への配慮、労災発生件数など |
生産性 |
従業員一人あたりの貢献度・生産性など |
採用・異動・離職 |
採用のフローや離職率など |
スキルと能力 |
従業員のスキルや人材育成 |
後継者計画 |
後継者の育成制度 |
労働力(従業員の可用性) |
従業員数や雇用形態別の割合 |
ISO30414を指針とする「人的資本の情報開示」の動きが、欧米や日本など各国で示されています。
ESG投資への重要度がアップ
近年では、ESG投資(環境・社会・ガバナンスの3分野における非財務指標を評価する投資)への関心や重要度が高まっています。
企業が長期的に成長するためには、財務以外にも環境問題や社会問題に対する取り組みに着目した投資をおこなっていく必要があるからです。
このため、ESGの3分野のうちのSocial(社会)に該当する「人的資本の情報開示」にも注目が集まっています。
ESGとはEnvironment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス)の頭文字を用いた造語です。
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有形資産から無形資産への価値が向上
人的資本の情報開示が求められる理由は、証券市場を起点に企業の市場価値の構成要素が有形資産から無形資産に移行しつつあるためです。
投資家が企業価値を見極める手段として、財務諸表といった有形資産以外にも「人材戦略」「人事施策」などの無形資産を重要視する傾向があるため、情報開示の必要性が求められています。
人的資本の情報開示:日本の動向について
欧米からスタートした人的資本の情報開示ですが、近年は日本でも取り組みが推進されています。
ここから日本における人的資本の情報開示の経緯について解説します。
伊藤レポートの公表
日本では、2020年に経済産業省が発表した「人材版伊藤レポート」により人的資本に注目が集まっています。
人材版伊藤レポートとは「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」の報告書で、「人的資本」について記されたものです。
2022年には改訂版の「人材版伊藤レポート2.0」が公表され、より具体的な人的資本による経営戦略・人材戦略の実現に向けたポイントがまとめられています。
コーポレートガバナンス・コードの改定
コーポレートガバナンス・コードとは、東京証券取引所が公表した「企業が株主・顧客・従業員・地域社会などの立場を踏まえて、透明性・公正かつ迅速で果断な意思決定を行うための原則や指針」です。
2021年6月におこなわれた東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードの改定によって、人的資本の情報開示についての項目が追加され、上場企業にはさらなる情報開示が求められています。
経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」
経済産業省では、2021年から「非財務情報の開示指針研究会」がおこなわれ、人的資本・気候変動などをテーマに具体的な開示基準が研究されています。
非財務情報開示……企業が株主・債権者に対して財務諸表などで開示される情報以外の情報(例:ESGやサステナビリティに関する情報)
内閣官房の「非財務情報可視化研究会」
内閣官房では、2022年2月から「非財務情報可視化研究会」が定期的に開催され、企業経営の参考となる指針をまとめるために、人的資本の推進や可視化(情報開示)に向けたステップなどが議論されています。
非財務情報可視化研究会……非財務情報の開示ルールや基準を決めることを目的とした会議
人的資本の情報開示が義務化へ
金融庁では、2023年3月期の有価証券報告書から上場企業を中心に、段階的に人的資本に関する項目の開示が義務化されました。
義務化にともない、どのような開示をおこなっていくのか具体的に解説します。
有価証券報告書に含まれる人的資本の開示
人的資本の情報開示が求められるのは「有価証券を発行している企業」が対象となる見込みで、対象企業は約4,000社です。
有価証券報告書とは、株式を発行する上場企業などが開示する企業情報を指し、毎事業年度終了後3ヶ月以内に内閣総理大臣に提出することが義務付けられています。
有価証券報告書には企業の概況・事業内容・設備状況・営業状況・財務諸表などを記載して提出します。
2023年3月決算後から有価証券報告書に人的資本の開示が求められる参考事例は以下のとおりです。
- 企業の概況(従業員の状況)……人材育成方針・男性育児休業の取得率・男女間の賃金差・女性管理職の比率
- 事業内容(サステナビリティ関連)……ガバナンス・戦略・リスク管理・指標および目標
- コーポレートガバナンスの状況……取締役会・指名委員会や報告委員会の活動状況
- 監査状況……内部監査の実効性を確保するための取組み
人的資本の情報開示が求められる項目
内閣官房は、2022年8月30日に人的資本の情報開示の指針として「人的資本可視化指針」を公表しました。
国際標準化機構(ISO)・米証券取引委員会(SEC)・有価証券報告書・コーポレートガバナンスコードなど国内外の開示基準の指針を比較し、企業に対して開示を検討する参考として紹介しています。
人的資本の情報開示19項目を紹介
人的資本の情報開示19項目では、企業の目標や指標による可視化・投資の目的などに対し、開示が望ましいとしています。
人的資本情報開示の7分野19項目の内訳は以下のとおりです。
1.人材育成に関する開示 |
①リーダーシップ
➁育成
③スキル
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2.ダイバーシティに関する開示 |
④ダイバーシティ
⑤非差別
⑥育児休業
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3.健康・安全に関する開示 |
⑦精神的健康
⑧身体的健康
⑨安全
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4.労働慣行に関する開示 |
⑩労働慣行
⑪児童労働、強制労働⑫賃金の公正性
⑬福利厚生
⑭組合との関係
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5.エンゲージメントに関する開示 |
⑮従業員満足度 |
6.流動性に関する開示 |
⑯採用
⑰維持
⑱サクセッション
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7.コンプライアンスに関する開示 |
⑲コンプライアンス |
人的資本の情報開示をおこなう際には、内閣官房が公表した「人的資本可視化指針」から閲覧可能です。
ただし、上記の指針には企業が開示すべき内容が具体的ではないため、指針を参考にしながら自社の業態や戦略に見合ったものを選択し、明確な目的をもって運用することが重要です。
人的資本の情報開示を検討する場合の2つの留意点
内閣官房の「人的資本可視化指針」によると、人的資本の具体的な開示事項を検討するときには2つの留意点があると示しています。
1.独自性と比較可能性の組み合わせ
人的資本の情報開示を実施する場合には、以下の独自性と比較可能性をバランス良く組み合わせるよう求められています。
- 企業独自の「経営戦略・人材戦略」の開示
- 投資家が企業を比較分析できる「比較可能性」の開示
2.価値向上とリスクマネジメントの観点を整理
人的資本に関する情報を開示する項目には、投資家に向けて2つの観点を明確にすることが望ましいと示しています。
- 企業の戦略的な価値向上への取り組みを開示……投資家からの評価を得ることを目的とする
- 企業価値を毀損するリスクを開示……投資家のリスクアセスメント要求に応える・リスク(株の切り下げや売却)を回避する
人的資本の情報開示をおこなうメリット
人的資本を推進して情報開示をおこなうメリットは以下のとおりです。
- 企業の方向性の明確化によって成長が期待できる
人的資本に投資することで、人材戦略や経営戦略が一本化でき企業の目指すべき方向性が明確になります。方向性が定まれば、今後の課題やリスクに対しての対応力が向上し、企業の成長が期待できるでしょう。
- 投資家や求職者に向けた活動のアピールでイメージがアップする
人的資本の情報開示に取り組むことによって、投資家や求職者に向けて活動のアピールができます。投資家からは、企業価値向上の取り組みが理解され、投資対象として評価される可能性が高まります。
また、求職者に対して自社の魅力をアピールできれば、採用面においても期待ができるでしょう。
- 人事部の影響力が向上する
人的資本経営においては、人材戦略をいかに経営戦略と連動させていくのかが大切です。経営戦略上のポイントは、社内外に「人的資本に取り組んでいる」といった情報発信がカギを握っています。
人事部を中心に取り組めば、経営戦略の実現を果たす重要な役割として、企業内の人事部の価値が向上していくでしょう。
人的資本の情報開示によって中小企業が受ける影響
2023年4月現在で国から正式発表し指標化されているものは、内閣官房の「人的資本可視化指針」と金融庁の「有価証券報告書に対しての人的資本の情報開示」です。
大企業は今後、人的資本の情報開示に際して経営戦略・人材戦略などに力を入れていくでしょう。では、中小企業はどのような影響を受けるのでしょうか。
大企業のESG経営の影響
投資家はESGに取り組んでいる企業を重要視しているため、大企業の多くはESGに力を注ぐ傾向が強くなるでしょう。
大企業と取引がある中小企業にも人的資本の取り組みや情報開示が求められる可能性があります。
中小企業は、今後の取引基準となる場合が考えられるため、可能な範囲で人的資本の情報開示に努めるといいでしょう。
人材の採用に貢献
人的資本情報の測定や開示に取り組めば、自社に賛同する従業員の採用が期待できます。
求職者にとって「働きやすい環境なのか」「成長可能な企業なのか」は重要な判断材料になるため、人材育成・健康対策・労働環境の開示は重要な役割を果たすでしょう。
中小企業が開示すべき法令もある
近年では、女性活躍推進法や次世代育成支援対策推進法など、中小企業に対して実質的に人的資本に関する情報の公表が求められています。
少しずつですが情報開示に向けた動きがあるため、中小企業も対応していかなければならないでしょう。
人的資本の情報開示を理解して企業成長につなげましょう
人的資本の情報開示は、大企業を中心に義務化されつつあり、いずれ中小企業に対しても情報開示が求められ、人的資本経営がスタンダード化されてくるでしょう。
企業が長期的に継続して成長していくには、人的資本の情報開示の理解を深めていくことが大切です。
企業価値を高めるためにも、人的資本の情報開示に向けて検討すべき施策や環境整備の取り組みを始めていきましょう。
人的資本経営の基本については、以下のお役立ち資料で詳しく解説していますのでぜひご覧ください。