【2023年最新】人的資本経営とは?背景や企業対応の具体事例をわかりやすく解説
個々のキャリア観の変化に伴い、注目を集める「人的資本経営」。人材を「資本」として捉えることで、企業価値向上につなげる経営手法として注目を集めています。
本記事では、「人的資本経営」の背景や企業が取り組むべき具体的な事例などを詳しく解説します。
目次[非表示]
人的資本経営とは?
人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営手法の1つです。
持続的に企業価値を高めるため、人材の確保や育成、組織の構築といった人材戦略が重要視されています。
また、投資家を中心とした利害関係者は、非財務情報の中でも「人的資本」に関する情報に強い関心を寄せており、企業を見る目も急速に変わってきています。
新型コロナウイルス感染症への対応の中、働き方を含めた人材戦略の在り方が改めて問われている現状もあるため、金融庁は2023年より一部企業に対し、有価証券報告書への人的資本経営記載を義務化しています。対象企業は準備する必要があるでしょう。
人的資本経営の基本については、以下のお役立ち資料で詳しく解説していますのでぜひご覧ください。
人的「資源」経営と人的「資本」経営の違い
従来の人的「資源」経営と、近年注目を集める人的「資本」経営の違いは、人材を「資源」と捉えるか「資本」と捉えるかといった点です。
引用:経済産業省|人的資本経営の実現に向けた検討会
従来の経営では人材マネジメントの目的を人的「資源」の管理とし、オペレーション施行がメインで、育成や管理を「コスト」だとする考え方が主流とされていました。
しかし、現在関心が高まっている「人的資本経営」では、人材を資源ではなく「資本」とし、人材資本の活用や成長にかかる費用・労力などを企業存続の戦略的「投資」と捉えています。
人的資本経営はなぜ注目されている?背景を解説
人的資本経営への注目が集まった背景には、以下の要素が挙げられます。
- 有形資産から無形資産への価値が向上
- 諸外国における人的資本に向けた動き
- 働き手不足・技術革新・働き方の多様化など環境的要因
ここでは、背景として考えられる3点について詳しく解説します。
有形資産から無形資産への価値が向上
日本のみならず世界に目を向けると、企業の市場価値の構成要素が有形資産から無形資産に移行しつつあります。
- 無形資産(人的資本)……従業員がもつ知識・資質・スキル・ノウハウなど
- 有形資産(物的資本)……企業が所有する建物・土地・設備・インフラ・製品など
経済産業省からも、グローバル企業の市場価値に対する構成要素に関して、無形資産・無形要素への投資が8割を越えるとのレポートも示されています。
従業員がもつ知識・資質・スキル・ノウハウなど、「ヒト=人的資本」の力が企業価値につながっていくでしょう。
引用:経済産業省「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会(第1回)」事務局資料より
諸外国における人的資本に向けた動き
欧州ではサスティナビリティや環境問題への関心が高く、ESG投資に注目する投資家が増加しています。
ESG投資とは、環境(Environemento)・社会(Social)・ガバナンス要素(Govermance)の3要素のいくつかまたはすべてに考慮して、投資先を選定する投資です。
こうした動きから人的資本の情報開示も積極的に進められ、アメリカでも同様の動きがありました。2020年8月に、米国証券取引委員会の人的資本の情報開示を義務化する規制が追加され、同年の11月から上場企業を対象に義務付けられています。
海外の企業が人的資本の情報開示を推進しはじめた理由の1つに「ISO30414」の公開があります。ISO30414とは、2018年に国際標準化機構により出版された人的資本情報開示のガイドラインです。
人材マネジメントの11領域について、データを用いてレポーティングするための58の測定基準が示されています。
ISO30414の制定により人的資本の状況を把握することで、持続可能な経営を実現できるでしょう。
働き手不足・技術革新・働き方の多様化など環境的要因
日本は、ますます少子化が進み生産年齢人口は今後も減る見込みです。
従来、人の手でおこなわれてきた作業も働き手不足に伴い、機械などに頼らざるを得ません。
多数の労働力による生産が見込めない以上、個々の社員の育成やスキル向上など、人的資本の価値を向上させる取り組みである人的資本経営が企業の存続や成長に不可欠です。
日本における人的資本経営に向けた動き
欧米から波が動き出した人的資本経営は、近年では日本でも取り組みが推進されています。ここから、日本における人的資本経営に対する取り組みについて解説します。
人材版伊藤レポートの公表
日本では、2020年に経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表したことが人的資本に注目が集まるきっかけとなりました。
人材版伊藤レポートとは、持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会の報告書を指し、「人的資本」について記されています。
2022年には改訂版の「人材版伊藤レポート2.0」が公表され、より具体的な人的資本による経営戦略・人材戦略の実現に向けたポイントが示されました。
人材版伊藤レポートの公表は、各企業が人的資本経営を実践していくために重要なものを見定め、企業が人的資本経営に向けた進展を期待しているといえるでしょう。
コーポレートガバナンス・コードの改訂
2021年6月に行われた東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードの改訂によって、人的資本の情報開示について義務化されました。
コーポレートガバナンスとは、企業や株主はもちろん顧客・従業員・地域社会の立場を踏まえ、透明・公正・かつ迅速な意志決定をおこなうための仕組みです。
コーポレートガバナンスの実現に向けて原則がまとめられたものを「コーポレートガバナンス・コード」といいます。
改訂により提示された内容は、以下の通りです。
- 取締役会の機能発揮
- スキル・マトリックスの開示、他者での経営経験者の独立社外取締役への選任
- 委員会構成の独立性に関する考え方・権限・役割の開示
- 企業の中核人材における多様性の確保
- サスティナビリティを巡る課題への取り組み
提示内容はあくまで原則であり、解釈や対応は企業に委ねられています。
しかし、企業が経営の本質を見抜き、持続的な成長と中長期的な企業価値向上に努め、自立的な対応をしてほしいといった意味合いが込められているでしょう。
ガイドライン「人的資本可視化指針」の公表
さらに2022年8月、企業の人的資本の開示に関する指針が正式に公表されました。
「人的資本可視化指針」とは、人的資本に関する資本市場への情報開示の在り方に焦点を当て、既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応や方向性をまとめたものです。
人的資本可視化方針の公表を機に、企業が人材育成方針や社内環境整備方針を見直し、企業・経営者が自社の人的資本の在り方を改めて評価したうえで企業の成長・価値向上につなげていくことが重要とされています。
人的資本経営に必要な3つの視点と企業の対応
持続的な企業価値向上と人的資本について記された「人材版伊藤レポート」では、企業を越えて人材戦略に求められる3つの視点(Perspectives)、5つの共通要素(Common Factors)を3P・5Fモデルとして整理しています。
引用:非財務情報可視化研究会|人的資本可視化指針
また、「人材版伊藤レポート2.0」では、それぞれを人的資本経営で具体化させる際に実行すべき取り組みやポイントについて、チェックリスト的な建付けではなく、アイディアの引き出しとして示しています。
まずは以下の「3つの視点(3P)」について解説します。
- 経営戦略と人材戦略の連動
- 「As is-To beギャップ」の定量把握
- 企業文化への定着
1.経営戦略と人材戦略の連動
経営戦略と人材戦略を連動するための取り組みとして、以下7つの取り組みが推進されています。
①CHRO(人材戦略の策定と実行を担う責任者かつ、ステークホルダーとの対話を主導する人材のこと)の設置 ②全社的経営課題の抽出 経営戦略実現の障害となる人材的課題を整理し、課題抽出と方針提示、改善をおこなう ③KPIの設定、背景・理由の説明 ④人事と事業、両部門の役割分担の検証、人事部門のケイパビリティ向上 ※ケイパビリティ……企業が全体として持つ組織的な能力 企業や事業全体の価値向上に向け、役割分担の在り方を検証し、人事施策の円滑化・最大化を図れるよう、人事部門による支援を有効化する ⑤サクセッションプランの具体的なプログラム化 潜在能力発揮できる若者世代の選抜や経営者経験を持つ人材の指名により、経営環境の変化を図る ⑥指名委員会委員長への社外取締役の登用 ⑦役員報酬への人材に関するKPIの反映 |
2.「As is-To beギャップ」の定量把握
次に、経営戦略実現の人材的課題を明確にした上で、課題ごとにKPIを用いて、企業が目指すべき姿(To be)と現在の姿(As is)とのギャップの把握をしていく必要があります。
現状と理想の姿を比較し、
①人事情報の基盤の整備
②KPIの目標や達成までの期間設定
③経営課題の改善に向けて把握すべき項目の一覧化
を図ることで、人材戦略と経営戦略の結びつきを判断し、人材施策の見直しへつなげられます。
3.企業文化への定着
持続的かつ中長期的な企業価値の向上につながる企業文化は、人材戦略の実行により生まれます。
そのために、企業文化の定義はもちろん、企業理念・存在意義の再考や人的資本経営に向け、必要とされる社員の具体的な行動や姿勢への紐付け、CEO・CHROと社員の対話機会を設けることが大切です。
人的資本経営に共通する5つの要素と企業の対応
人的資本経営の実現において、上記で解説した3つの視点とあわせて取り組みたい5つの要素(5F)も重要です。以下の5つの要素について、企業の対応も含め、解説します。
- 動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用
- 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
- リスキル・学び直し
- 社員エンゲージメントの向上
- 時間や場所にとらわれない動き方の推進
1.動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用
企業は人的資本経営戦略の実現に向け、人材の質や量を十分確保し中長期的に維持していく必要があります。そのため、以下の4つに取り組むことが大切です。
①将来を見据えた人材ポートフォリオのギャップ分析
②ギャップを踏まえた人材の再配置や
③将来活躍が期待できる学生の採用や選考戦略の開示
④専門的人材の積極的な採用をしていくための計画策定と運用
2.知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
時代の変化に伴い、企業価値向上に向け企業は多様な個々の能力を掛け合わせ、非連続的な革新を生み出す知・経験のダイバーシティ&インクルージョンが求められています。
キャリア採用や外国人の比率・定着・能力増加に向けた現状・課題把握と、人材やスキル教育に向け、人材支援を担う課長やマネージャーなどがマネジメント方針を共有し、密な連携を図っていくことが重要です。
3.リスキル・学び直し
さらに、経営環境の変化にも対応していくため、社員のキャリア形成に向け、積極的に学び直しができるサポートが必要です。
企業において不足しているスキルや専門性を特定し、リスキルに向けた方針設定を行った上で、社内外からキーパーソンとなる人材を登用します。
キーパーソンとなる人材のみならず、組織に不足するスキルや専門性を補填・獲得するため、社員へ新たな学びへ挑戦できる環境調整や報酬、キャリアプラン・社外での学習機会の提示、社内・出向起業支援も大切です。
4.社員エンゲージメントの向上
人的資本経営の実現に向け、社員の本来の能力を十分に引き出し発揮させ、社員自身がやりがいや働き甲斐を感じることは重要です。
まずは、社員のエンゲージメントレベルの把握をし、それぞれのエンゲージメントレベルに応じた適切な割り当てをおこないます。
次に、社員のエンゲージメント向上が維持できるよう、ポジションの公募制化や副業・兼業等の多様な働き方を推進します。
結果、社員一人ひとりが自身の価値観に合わせた働き方ができ、個々の能力発揮やキャリア形成が人的資本経営に向けた企業価値向上につながります。
5.時間や場所にとらわれない動き方の推進
時間や場所に捉われず働ける環境整備は、事業を継続していくために必要不可欠だとして注目されています。
リモートワークが増える昨今、個々の働き方に対する意識や考え方の多様化を踏まえ、リモートワークの再定義のほか、リモートワークを円滑にするため業務のデジタル化を推進する取り組みが必要です。
人的資本経営における情報開示の義務化について
金融庁では2023年3月決算期以降、有価証券報告書を発行する企業を中心に、人的資本に関する項目の開示が義務化され、対象企業は約4,000社といわれています。
有価証券報告書とは、株式を発行する上場企業などが開示する企業情報のことで、各事業、年度終了後3ヶ月以内に内閣総理大臣に提出するよう義務づけられています。
企業の概況・事業内容・設備状況・営業状況・財務諸表などを提出し、2023年3月決算期以降、「人材育成方針」「育児休業の取得率」「男女間の賃金差」「女性管理職の比率」などが含まれます。
開示フレームワーク4つの要素
情報開示にあたっては、2022年8月に示されたガイドライン「人的資本可視化指針」の中で、以下の4つの要素に基づいて検討するのが効率的だと示されています。
- ガバナンス
- 戦略
- リスク管理
- 指標と目標
サステナビリティ関連情報開示の分野では、気候関連財務情報の開示フレームワークであるTCFD(Task Force on Climaterelated Financial Disclosures)提言において、上記4つの要素についての開示が推奨されています。
それ以来、この構成に基づく説明が広く受け入れられつつあり、投資家にとって馴染みやすい開示構造となっています。
この4つの要素は、有価証券報告書に新設が予定されるサステナビリティ情報の記載欄においても採用される方向で、人的資本についても4つの要素の検討が効率的です。
まず、自社の経営戦略と人的資本への投資や人材戦略の関係性(統合的なストーリー)を明確にした上で、4つの要素に沿った開示を検討することが期待されています。
ステップバイステップでの開示
経産省の人的資本可視化指針によると、最初から完成度の高い人的資本の可視化をおこなうことは難しいとされています。
反対に、人材戦略の立案やその可視化に完璧性を求めるあまり開示が遅れたり、開示事項の充実をためらったりすることがあっては本末転倒となります。
まずは、「できるところから開示」をした上で、開示へのフィードバックを受け止めながら人材戦略やその開示をブラッシュアップしていく、一連のサイクルにステップ・バイ・ステップで臨んでいくことが望ましいです。
このように、人的資本に関する情報開示の在り方に焦点を当てることで、人的資本の可視化と人材戦略の向上の相乗効果が図れ、企業価値の向上に期待できるでしょう。
【人的資本経営】好事例をわかりやすく紹介
最後に、人材資本経営に実際に取り組む企業の事例をご紹介します。取り組み事例をもとに検討を重ね、自社の発展に活かしましょう。
事例①:旭化成株式会社
旭化成株式会社では、中長期的経営計画の中でサスティナビリティの追及を目標として掲げ、「人は財産、すべては『人』から」という基本思想をもとに、多様な「個」が活躍できるように取り組んでいます。
具体的には、M&Aや社外への投資等による人材ポートフォリオを拡充して人材確保に努めるほか、独自のエンゲージメント調査を実施し、自社にとって重要なエンゲージメントの特定や個人と組織の成長につなげています。
さらに、活躍が期待される人材に対して高度専門職の要件を定義し、人材育成に向けてKPIを設定することで、毎年優秀な人材を増加させています。
事例②:サイボウズ株式会社
サイボウズ株式会社は、人的資本経営へ関心が高まる以前から社員の幸せや働きがい、成長を重視したマネジメントができるよう、企業理念の整理や存在意義・働き方・報酬のあり方を見直していました。
2021年には「キャンプファイヤービュー」といったサークル型の組織図を作成することで、チームワーク向上や業務改善、イノベーション促進に加え、従業員一人一人の仕事に対する楽しさや主体性アップへつなげています。
また、オウンドメディア「サイボウズの舞台裏」を立ち上げ、人事制度の取り組みや社内制度、報酬についての施策を情報発信することで優秀な人材確保や定着に努めています。
人的資本への投資は健康経営の実現・企業価値の向上へつながる
人的資本経営は人材を「管理」の対象ではなく、企業価値に直結する「資本」として捉えるものです。 企業が適切な機会や環境を提供すれば、人材価値の向上が期待できます。
自社の企業文化を見直すとともに組織や人材の潜在力を見出し、育成・活用し、最高のパフォーマンスや個々の成長・やりがいアップへつなげることが、企業が目指すべき「中長期的に企業価値を向上させる」真の人的資本経営だといえるでしょう。
人的資本経営の基本については、以下のお役立ち資料でも詳しく解説していますのでぜひご覧ください。